スマートフォンを見ると「優子」と表示されていた。
優子は、小五郎の姉だった。
「・・・父さん。死んじゃった」
「えっ、嘘」
つい先月、孫の顔を見て「AKBには絶対入るなよ」と冗談を言って笑っていた父の顔が浮かんだ。
父、史郎は和歌山県の山村にある小さな寺の住職だった。
佐藤家の長男は、先祖代々この寺の住職であり、史郎は4代目を継いでいた。
村の小学校のソフトボールチームを県大会で優勝に導いた名監督であり、また消防団長として、村民から大そう信頼されていた人物である。
まだ58歳という若さで、あと二十年は死と無縁であるかのように思われた。
「脳溢血か・・・」
顔に白い布を置かれた父の姿を見ながらつぶやいた。
悲しみはまだやってこなかった。
まったく予期せぬ出来事に、ただただ呆然としていただけだった。
寺は父が一人で切り盛りしていたため、通夜と葬式は、父が懇意にしていた隣村の寺の住職Kが取り仕切ってくれた。
Kは小五郎を子どもの頃からよく知っていた。
「で、これからどうする?」とKが小五郎に聞いた。
「・・・何しろ突然のことだったので」
「そうだよな。力になるからな。また連絡してくれよ」
「はい。ありがとうございます」
Kが何を言いたかったのかは、よくわかっていた。
きっと、この寺を継げということだろう。
佐藤家の子供は、姉と二人だけだ。当然俺が継ぐしかない。
こんなことになるのなら、少しでも父と将来の話をしておきたかった、と後悔した。
小さな白い箱に入った父を見ながら、突然やってきた悲しみとプレッシャーに声を殺して泣いた。
葬式から三週間後。
最年少店長を目前にして、小五郎はビック電化を去った。
話を聞きつけた取締役が直々に小五郎を説得しに来たが、事情が事情だけに、諦めざる負えなかった。
カリスマ営業マンから、山村の住職か・・・
自慢の長髪をバッサリと切り、つるつるに剃りあげた坊主頭を鏡に映して、小五郎は自虐的な笑みを浮かべていた。
寺の切り盛りは母と妻に任して、しばらくKの寺で修行させてもらうことになった。
半年間の修行の末、葬式などの儀式の取り仕切りから、お経、説法まで、大まかな仕事は何とかできるようになった。
もし手に負えないことがあったらKの力を借りるいうことで、小五郎は自分の寺に戻った。
よし早速営業開始だ!
と意気込んだものの、いったい何をしたら良いのかさっぱりわからなかった。
何しろ“売る物”がないのである。
八日後、小五郎のストレスは沸点に達していた。
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