山村にある寺を訪ねてくるのは、年寄りの檀家ばかりである。
お茶と菓子を出して、話を聞くのだか、そのほとんどが亡くなった父の武勇伝だ。
それだけならまだしも、幼い小五郎を知っている人物が多く、
おまえのオムツを代えてやっただとか、女の子と喧嘩して泣いていたとか聞きたくもない話ばかり聞かされた。
特に自治会の会長をやっている吉井のじいさんはひどかった。
最近の若い者呼ばわりされ、こてんぱんに説教をされた。
何度か言い返したくなったが、檀家は、寺にとって上顧客である。
我慢して聞いていると「さっきからなんだ?その妙な仕草は!」といきなり怒鳴られた。
どうやら、髪をかき上げる得意のポーズをやっていたようで、学生時代からの癖を指摘された小五郎の顔は真っ赤になった。
寺の檀家は「浄財」として、いくらばかりかのお布施を置いていくのだが、とても喜んで受け取るような気分になれなかった。
もう嫌だ!これじゃ乞食と何も変わらないじゃないか。
ぶち切れた小五郎は、その日の仕事を終えると、久しぶりに町に出た。
高校を卒業するまでよく遊んでいたこの町は、とても懐かしい匂いがした。
こじんまりとした居酒屋でおでんと焼酎のロックを二杯ひっかけて、店を出た。
程良い酔い加減だったが、まだ胸の奥の方で、もやっとしたものが残っていた。
軽くもう一杯やっていくか・・・
そう思いながら薄暗い小路に入った瞬間、地面ににゅるっとした感覚を感じ、体が宙を舞った。
ふんぎゃああ!!!
得体の知れない叫び声を、小五郎は空中で聞いていた。
背中をしこたま打ちつけ、地面に落ちた。
ほぼ地面の高さにあった視界に、黒い物体が走り去っていく姿が見えた。
猫?・・・あいたたたたあ
背中をさすりながらゆっくりと立ち上がると、目の前にネオンが青白く光っていた。
“バー・DOG”
生れてはじめて猫を踏んで興奮していた小五郎は、とにかくこの店でビールでも飲んで落ち着くことにした。
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