背中から落ちた小五郎は、ズボンに付いた土を念入りに払い落した。
そっと扉を開けて、中をのぞくと、右手に6席ほどのカウンターがある小さな店だった。
客はまだ誰もいないようだ。
「まいどお〜!!」
突然の大声に、小五郎は、ひゃあと声を出してしまった。
カウンターの中から身を乗り出した男がこっちを見ている。
「どうぞどうぞ。はいどうぞ〜」
アロハシャツを着たメタボ体系の男が、真ん中の席に座るように手を差し出した。
嫌な予感がしたので、ビールを一杯飲んで早々に帰ろうと思いながら、その席に腰を下ろした。
「何しましょ?」
おしぼりを出しながら、男は言った。
「ああ、メニューありますか?」
「そんなもん、おまへんわ。うちは瓶ビールか、アブサンだけですねん」と男は笑いながら答えた。
アブサン?
聞いたことがない名前だったが、面倒なので、ビールを頼んだ。
一杯目のビールを飲み干すと、少し気分が落ち着いてきた。
アロハ男もビールを飲んでいる。
よく見ると、阪神タイガースの帽子をかぶっていた。
父の史郎も熱狂的な阪神ファンであり、そのせいで村のソフトボールチームのユニフォームは白地に黒のストライプだった。
「おっ、来たね」と男が言うや否や、店の扉が開いた。
そこには、黒いワンピースを着たスラッとした若い女性が立っていた。
おっ、ショートカットの美女だ。ラッキー!
好みの女性の来店に、小五郎は心の中でほくそ笑んだ。
女は小五郎の顔をじろっと睨むと、「このアホ!」と怒鳴った。
まったく身に覚えがない小五郎は、自分より奥に誰も座っていないことを確かめた。
「えっ・・・この俺がアホ?」
「マスター!今日はこの丸坊主の奢りやで」
女はそう言いながら奥の席にスタスタと歩いていった。
女の背中には、足形の土がくっきりと付いていた。
「なんや〜 悦ちゃんの知り合いやったんかいな」
「知り合いちゃうわ。店の前でこいつに踏まれたんや」
「そっかあ〜 そりゃしゃあないわ。慰謝料やなあ」
何が慰謝料だ!俺が踏んだのは猫だぞ。
・・・そっかわかった。
これは新手の美人局だな。
客にいちゃもんを付けて、法外な料金を請求するつもりだ。
そうとわかれば、長居は無用。
「マスター、お勘定」
状況を察した小五郎は、早々に引き上げることにした。
「ちょっとあんた。何の謝罪もなく帰るつもりなん?」
案の定、悦っちゃんと呼ばれる女が小五郎に食ってかかってきた。
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