やっぱりきたか・・・
ここで逆らうと、このアロハ男が何をするかわからんな。
カリスマナンパ師時代。
声を掛けた女性の彼氏に殴られかけた経験は一度や二度ではなかった。
小五郎が“カリスマ”と呼ばれていたのは、ナンパ術だけではなく、危機回避能力にも優れていたからである。
こういうトラブルは、本意ではなくても、誠意を示して謝るに限る、というのが小五郎のセオリーだった。
「すみませんでした。なんとかこれで勘弁してください」
深々と頭を下げ、カウンターに一万円札を置いた。
「よっ、男前!」アロハ男が、ニコニコしながら拍手をした。
なんだ。一万円で済むのか・・・
それなら安いものだ、と小五郎は内心ホッとした。
が次の瞬間、女の顔がすぐ近くにあるのに気づいて、ビクッとした。
「さっきはごめんな。人間に踏まれたん、久しぶりやねん。
ついカッとしてしもて。許してや。私悦子です。よろしく」
女はぺこっと頭を下げると、バツの悪そうな顔で小五郎の顔を見上げた。
なんだこの女。
言っていることはちんぷんかんぷんだけど、近くで見るとめちゃくちゃかわいいやん。
小五郎の胸は、キュンとときめいた。
「ほな。仲直りの乾杯といきましょか〜」
満面の笑みを浮かべてアロハ男は、瓶ビールの栓を抜いた。
中腰になっていた小五郎は、また座って飲み直すことになってしまった。
三本目のビールが空く頃には、場はすっかり和んでいた。
「奢ってもらったお礼に手相を見させてくれへん?」と悦子が言った。
美女に手相か。それも悪くないな。
小五郎は悦子に左手を差し出した。
会話がない空間が三分も続き、少々息苦しくなってきた。
「あのお・・」と小五郎が静寂を破ると、悦子が話しだした。
「人間業界っていろいろあるよね。ほんとお疲れさん」
「人間業界?」
「人間を体験している“創造主”のことや」
「・・・何の事だかさっぱりわからん」
「そうやね。でももうすぐ知ることになる」
「・・・」
「でもその前に、もっと落ちる。かわいそうやけど」
「落ちるって、どこへ?」
「それも、もうすぐわかる」
「・・・」
「その先にちゃんと待っているから安心してや」
「待ってるって何が?」
「人間業界の外側に出る扉やん」
「・・・」
「大丈夫や。きっとまた会えるから」
俺が相当酔っているのか、この女の頭がおかしいのか。
何の話をしているのか、さっぱり理解できん。
とにかく今日はこの辺で引き上げよう。
「おおきに。また来てや〜」
アロハ男の陽気な声を聞きながら、小五郎はバーの扉を開けた。
店の前に猫がいないことを念入りに確認すると、すっかり人影のなくなった道を駅の方向へふらふらと歩きだした。
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