佐藤家が朝食を終える頃には、本堂の仏壇の前にはいつも檀家が何人か座っていた。
お経を唱え、朝の説法をする。
それが終わると、檀家たちに必ず“説教”を返された。
一人が説教を始めると、それ以外の人間はうんうんと頷くのである。
当然ながら仏教歴は、檀家たちの方が遥かに長い。
そのため彼らの説教は、新米住職にはとても勉強になった。
だが、その事実が、小五郎のプライドをずたずたにした。
こいつら、俺をいじめて喜んでやがる。
ここでストレス解消して長生きでもするつもりか?
早くあの世に行きやがれってんだ。
そうすりゃ、この寺も儲かるし、俺のストレスもなくなって一石二鳥さ。
こいつらが死んじまえば、もう寺にいる理由もないんだ。
そうなりゃ、すぐにビッグ電化に復帰してやる。
しかし、そういう自分を嫌悪している自分もいた。
親父。俺はいったいどうすればいいんだ・・・
五代目住職に就任して、3か月が経った頃。
小五郎は、体調の変化に気づいた。
布団に入ってもなかなか寝付けず、睡眠時間が二、三時間という日も珍しくなかった。
食欲も落ち、体もだるい。
高校時代の友人である磯村が地元で開業医をやっていたことを思い出した小五郎は、早速その病院に予約を入れた。
予約当日。
午後から休みをとって、病院に行ってみると「軽い鬱だ」と言われた。
「ちゃんと休みを取って、気分転換しろよ」
磯村はそう言うと、睡眠導入剤と精神安定剤の処方箋を渡した。
寺の住職が鬱?
そんなことを檀家連中に知られたら、それこそコテンパンにやられてしまう・・・
不安と恐怖を感じた小五郎は、磯村に「このことはくれぐれも内密にしてほしい」と頼み込んだ。
その夜、小五郎は、妻の陽子に自分が鬱であることを告白した。
陽子は涙を流しながら、小五郎の話を聞いていた。
そんなに俺のことを思ってくれていたのか、と小五郎も目頭が熱くなった。
「ごめんなさい。あなたがそんな状態なのに」
「・・・うん?」
小五郎の話が終わると、今度は陽子の告白が始まった。
陽子の話を聞いて、小五郎の心は凍りついた。
父の史郎がなくなってから10カ月。
陽子は、家事と育児、そして寺の仕事をサポートして、小五郎を全力で支えてくれていた。
だが、それももう限界だというのだ。
東京で生まれ育った陽子は、山村暮らしにどうしても馴染めなかった。
何より娘を都会の学校に行かせたいらしい。
しかも実家に帰ることは、すでに小五郎の母の承諾も得ているという。
「もう一度考え直すことはできないか」
「・・・ごめんなさい」
その日から、小五郎と陽子は、何度か話し合った。
しかし、陽子まで鬱になってしまっては、もうどうにもならなくなる。
「休みを取って、気分転換しろ」という磯村の言葉を思い出した小五郎は、半年後にもう一度話し合うということで、陽子の希望を受け入れることにした。
三週間後。陽子は娘を連れて寺を出ていった。
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