さっきからずっと俺を眺めているおまえだよ。
おまえさんは、いったい何者なんだ?
“考える誰か”が消えると、深遠なる静寂がそこにあった。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚・・・
あらゆる感覚が、誰のものでもなく、打ち返す波のように、やってきては去っていった。
そこには、中心がなく、時間も、変化もなかった。
はじまりもなければ、終わりもない。
どんな言葉も当てはまらない圧倒的にリアルな世界だけが実在していた。
さらに厳密に表現するなら、「世界」さえも無い。
なぜなら、世界を認識する者がどこにもいなかったからである。
こ、これは・・・
やってきた思考が流れ星のように、一瞬で消えていった。
その時、考える誰かは、すべてを悟った。
がっはっはっは!!
なるほどそういうことか!
考える誰かの笑い声が静寂を突き破った。
俺は、“無”という舞台で「佐藤小五郎」を演じる役者というわけか。
そして、本当の俺は・・・
そうかそうだったのか・・・
考える誰かは、泣いていた。
ありがとう・・・ありがとう
そうつぶやくと、考える誰かは、静寂に溶けていった。
しばらくベンチの前で止まっていた世界は、ゆっくりと駅の方角へ動き出した。
電車が最寄りの駅に着く頃には、世界が自分の中で動いているという感覚が薄まりはじめ、山道を歩いているうちに、完全に元の世界に戻った。
小さな峠を越えると、寺の門が見えてきた。
早足で門をくぐると、本堂の前に、大勢の人影があった。
【本日閉店】の張り紙の前に、檀家たちが円座になって座り込んでいたのである。
小五郎の姿を見つけた檀家たちは、小五郎を囲むように集まってきた。
「このアホたれが!」
いつも小五郎に説教をしていた吉井のじいさんが怒鳴った。
その目は充血し、うっすらと涙が浮かんでいた。
小五郎は何も言わず、四方の檀家に深々と頭を下げた。
そして張り紙をはがし、檀家たちを本堂に向かい入れた。
法衣に着替えた小五郎は、正座をし、頭を畳に付けた。
ゆっくりと体を起こすと、再び一礼し、口を開いた。
「ご心配をお掛けしまして申し訳ありませんでした。誠に勝手ながら、本日は説法ではなく、私個人の話をさせていただきます」
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