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2013年09月03日

今宵もあのバーで 「カリスマの男」6

老人たちの朝は早い。
佐藤家が朝食を終える頃には、本堂の仏壇の前にはいつも檀家が何人か座っていた。

お経を唱え、朝の説法をする。
それが終わると、檀家たちに必ず“説教”を返された。
一人が説教を始めると、それ以外の人間はうんうんと頷くのである。

当然ながら仏教歴は、檀家たちの方が遥かに長い。
そのため彼らの説教は、新米住職にはとても勉強になった。
だが、その事実が、小五郎のプライドをずたずたにした。

こいつら、俺をいじめて喜んでやがる。
ここでストレス解消して長生きでもするつもりか?
早くあの世に行きやがれってんだ。
そうすりゃ、この寺も儲かるし、俺のストレスもなくなって一石二鳥さ。
こいつらが死んじまえば、もう寺にいる理由もないんだ。
そうなりゃ、すぐにビッグ電化に復帰してやる。

しかし、そういう自分を嫌悪している自分もいた。
親父。俺はいったいどうすればいいんだ・・・

五代目住職に就任して、3か月が経った頃。
小五郎は、体調の変化に気づいた。
布団に入ってもなかなか寝付けず、睡眠時間が二、三時間という日も珍しくなかった。
食欲も落ち、体もだるい。

高校時代の友人である磯村が地元で開業医をやっていたことを思い出した小五郎は、早速その病院に予約を入れた。
予約当日。
午後から休みをとって、病院に行ってみると「軽い鬱だ」と言われた。
「ちゃんと休みを取って、気分転換しろよ」
磯村はそう言うと、睡眠導入剤と精神安定剤の処方箋を渡した。

寺の住職が鬱?
そんなことを檀家連中に知られたら、それこそコテンパンにやられてしまう・・・
不安と恐怖を感じた小五郎は、磯村に「このことはくれぐれも内密にしてほしい」と頼み込んだ。

その夜、小五郎は、妻の陽子に自分が鬱であることを告白した。
陽子は涙を流しながら、小五郎の話を聞いていた。
そんなに俺のことを思ってくれていたのか、と小五郎も目頭が熱くなった。

「ごめんなさい。あなたがそんな状態なのに」

「・・・うん?」

小五郎の話が終わると、今度は陽子の告白が始まった。
陽子の話を聞いて、小五郎の心は凍りついた。

父の史郎がなくなってから10カ月。
陽子は、家事と育児、そして寺の仕事をサポートして、小五郎を全力で支えてくれていた。
だが、それももう限界だというのだ。
東京で生まれ育った陽子は、山村暮らしにどうしても馴染めなかった。
何より娘を都会の学校に行かせたいらしい。
しかも実家に帰ることは、すでに小五郎の母の承諾も得ているという。


「もう一度考え直すことはできないか」

「・・・ごめんなさい」

その日から、小五郎と陽子は、何度か話し合った。
しかし、陽子まで鬱になってしまっては、もうどうにもならなくなる。
「休みを取って、気分転換しろ」という磯村の言葉を思い出した小五郎は、半年後にもう一度話し合うということで、陽子の希望を受け入れることにした。

三週間後。陽子は娘を連れて寺を出ていった。

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2013年08月27日

今宵もあのバーで 「カリスマの男」5


やっぱりきたか・・・
ここで逆らうと、このアロハ男が何をするかわからんな。

カリスマナンパ師時代。
声を掛けた女性の彼氏に殴られかけた経験は一度や二度ではなかった。
小五郎が“カリスマ”と呼ばれていたのは、ナンパ術だけではなく、危機回避能力にも優れていたからである。
こういうトラブルは、本意ではなくても、誠意を示して謝るに限る、というのが小五郎のセオリーだった。

「すみませんでした。なんとかこれで勘弁してください」
深々と頭を下げ、カウンターに一万円札を置いた。

「よっ、男前!」アロハ男が、ニコニコしながら拍手をした。

なんだ。一万円で済むのか・・・
それなら安いものだ、と小五郎は内心ホッとした。
が次の瞬間、女の顔がすぐ近くにあるのに気づいて、ビクッとした。

「さっきはごめんな。人間に踏まれたん、久しぶりやねん。
ついカッとしてしもて。許してや。私悦子です。よろしく」
女はぺこっと頭を下げると、バツの悪そうな顔で小五郎の顔を見上げた。

なんだこの女。
言っていることはちんぷんかんぷんだけど、近くで見るとめちゃくちゃかわいいやん。
小五郎の胸は、キュンとときめいた。

「ほな。仲直りの乾杯といきましょか〜」
満面の笑みを浮かべてアロハ男は、瓶ビールの栓を抜いた。
中腰になっていた小五郎は、また座って飲み直すことになってしまった。

三本目のビールが空く頃には、場はすっかり和んでいた。
「奢ってもらったお礼に手相を見させてくれへん?」と悦子が言った。

美女に手相か。それも悪くないな。
小五郎は悦子に左手を差し出した。

会話がない空間が三分も続き、少々息苦しくなってきた。
「あのお・・」と小五郎が静寂を破ると、悦子が話しだした。

「人間業界っていろいろあるよね。ほんとお疲れさん」

「人間業界?」

「人間を体験している“創造主”のことや」

「・・・何の事だかさっぱりわからん」

「そうやね。でももうすぐ知ることになる」

「・・・」

「でもその前に、もっと落ちる。かわいそうやけど」

「落ちるって、どこへ?」

「それも、もうすぐわかる」

「・・・」

「その先にちゃんと待っているから安心してや」

「待ってるって何が?」

「人間業界の外側に出る扉やん」

「・・・」

「大丈夫や。きっとまた会えるから」


俺が相当酔っているのか、この女の頭がおかしいのか。
何の話をしているのか、さっぱり理解できん。
とにかく今日はこの辺で引き上げよう。

「おおきに。また来てや〜」

アロハ男の陽気な声を聞きながら、小五郎はバーの扉を開けた。
店の前に猫がいないことを念入りに確認すると、すっかり人影のなくなった道を駅の方向へふらふらと歩きだした。

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2013年08月20日

今宵もあのバーで 「カリスマの男」4


背中から落ちた小五郎は、ズボンに付いた土を念入りに払い落した。
そっと扉を開けて、中をのぞくと、右手に6席ほどのカウンターがある小さな店だった。
客はまだ誰もいないようだ。

「まいどお〜!!」

突然の大声に、小五郎は、ひゃあと声を出してしまった。
カウンターの中から身を乗り出した男がこっちを見ている。

「どうぞどうぞ。はいどうぞ〜」

アロハシャツを着たメタボ体系の男が、真ん中の席に座るように手を差し出した。
嫌な予感がしたので、ビールを一杯飲んで早々に帰ろうと思いながら、その席に腰を下ろした。

「何しましょ?」
おしぼりを出しながら、男は言った。

「ああ、メニューありますか?」

「そんなもん、おまへんわ。うちは瓶ビールか、アブサンだけですねん」と男は笑いながら答えた。

アブサン?
聞いたことがない名前だったが、面倒なので、ビールを頼んだ。
一杯目のビールを飲み干すと、少し気分が落ち着いてきた。

アロハ男もビールを飲んでいる。
よく見ると、阪神タイガースの帽子をかぶっていた。
父の史郎も熱狂的な阪神ファンであり、そのせいで村のソフトボールチームのユニフォームは白地に黒のストライプだった。

「おっ、来たね」と男が言うや否や、店の扉が開いた。
そこには、黒いワンピースを着たスラッとした若い女性が立っていた。

おっ、ショートカットの美女だ。ラッキー!
好みの女性の来店に、小五郎は心の中でほくそ笑んだ。

女は小五郎の顔をじろっと睨むと、「このアホ!」と怒鳴った。
まったく身に覚えがない小五郎は、自分より奥に誰も座っていないことを確かめた。

「えっ・・・この俺がアホ?」

「マスター!今日はこの丸坊主の奢りやで」

女はそう言いながら奥の席にスタスタと歩いていった。
女の背中には、足形の土がくっきりと付いていた。

「なんや〜 悦ちゃんの知り合いやったんかいな」

「知り合いちゃうわ。店の前でこいつに踏まれたんや」

「そっかあ〜 そりゃしゃあないわ。慰謝料やなあ」

何が慰謝料だ!俺が踏んだのは猫だぞ。
・・・そっかわかった。
これは新手の美人局だな。
客にいちゃもんを付けて、法外な料金を請求するつもりだ。
そうとわかれば、長居は無用。

「マスター、お勘定」
状況を察した小五郎は、早々に引き上げることにした。

「ちょっとあんた。何の謝罪もなく帰るつもりなん?」
案の定、悦っちゃんと呼ばれる女が小五郎に食ってかかってきた。

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