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2013年08月13日

今宵もあのバーで 「カリスマの男」3


山村にある寺を訪ねてくるのは、年寄りの檀家ばかりである。
お茶と菓子を出して、話を聞くのだか、そのほとんどが亡くなった父の武勇伝だ。

それだけならまだしも、幼い小五郎を知っている人物が多く、
おまえのオムツを代えてやっただとか、女の子と喧嘩して泣いていたとか聞きたくもない話ばかり聞かされた。

特に自治会の会長をやっている吉井のじいさんはひどかった。
最近の若い者呼ばわりされ、こてんぱんに説教をされた。
何度か言い返したくなったが、檀家は、寺にとって上顧客である。

我慢して聞いていると「さっきからなんだ?その妙な仕草は!」といきなり怒鳴られた。
どうやら、髪をかき上げる得意のポーズをやっていたようで、学生時代からの癖を指摘された小五郎の顔は真っ赤になった。

寺の檀家は「浄財」として、いくらばかりかのお布施を置いていくのだが、とても喜んで受け取るような気分になれなかった。

もう嫌だ!これじゃ乞食と何も変わらないじゃないか。
ぶち切れた小五郎は、その日の仕事を終えると、久しぶりに町に出た。

高校を卒業するまでよく遊んでいたこの町は、とても懐かしい匂いがした。
こじんまりとした居酒屋でおでんと焼酎のロックを二杯ひっかけて、店を出た。
程良い酔い加減だったが、まだ胸の奥の方で、もやっとしたものが残っていた。


軽くもう一杯やっていくか・・・
そう思いながら薄暗い小路に入った瞬間、地面ににゅるっとした感覚を感じ、体が宙を舞った。

ふんぎゃああ!!!
得体の知れない叫び声を、小五郎は空中で聞いていた。
背中をしこたま打ちつけ、地面に落ちた。
ほぼ地面の高さにあった視界に、黒い物体が走り去っていく姿が見えた。

猫?・・・あいたたたたあ
背中をさすりながらゆっくりと立ち上がると、目の前にネオンが青白く光っていた。

“バー・DOG”

生れてはじめて猫を踏んで興奮していた小五郎は、とにかくこの店でビールでも飲んで落ち着くことにした。

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2013年08月06日

時空小説INDEX

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今宵もあのバーで

「カリスマの男」
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今宵もあのバーで 「カリスマの男」2


スマートフォンを見ると「優子」と表示されていた。
優子は、小五郎の姉だった。

「・・・父さん。死んじゃった」
「えっ、嘘」

つい先月、孫の顔を見て「AKBには絶対入るなよ」と冗談を言って笑っていた父の顔が浮かんだ。

父、史郎は和歌山県の山村にある小さな寺の住職だった。
佐藤家の長男は、先祖代々この寺の住職であり、史郎は4代目を継いでいた。
村の小学校のソフトボールチームを県大会で優勝に導いた名監督であり、また消防団長として、村民から大そう信頼されていた人物である。
まだ58歳という若さで、あと二十年は死と無縁であるかのように思われた。

「脳溢血か・・・」
顔に白い布を置かれた父の姿を見ながらつぶやいた。
悲しみはまだやってこなかった。
まったく予期せぬ出来事に、ただただ呆然としていただけだった。

寺は父が一人で切り盛りしていたため、通夜と葬式は、父が懇意にしていた隣村の寺の住職Kが取り仕切ってくれた。
Kは小五郎を子どもの頃からよく知っていた。

「で、これからどうする?」とKが小五郎に聞いた。

「・・・何しろ突然のことだったので」

「そうだよな。力になるからな。また連絡してくれよ」

「はい。ありがとうございます」

Kが何を言いたかったのかは、よくわかっていた。
きっと、この寺を継げということだろう。
佐藤家の子供は、姉と二人だけだ。当然俺が継ぐしかない。
こんなことになるのなら、少しでも父と将来の話をしておきたかった、と後悔した。
小さな白い箱に入った父を見ながら、突然やってきた悲しみとプレッシャーに声を殺して泣いた。

葬式から三週間後。
最年少店長を目前にして、小五郎はビック電化を去った。
話を聞きつけた取締役が直々に小五郎を説得しに来たが、事情が事情だけに、諦めざる負えなかった。

カリスマ営業マンから、山村の住職か・・・
自慢の長髪をバッサリと切り、つるつるに剃りあげた坊主頭を鏡に映して、小五郎は自虐的な笑みを浮かべていた。

寺の切り盛りは母と妻に任して、しばらくKの寺で修行させてもらうことになった。
半年間の修行の末、葬式などの儀式の取り仕切りから、お経、説法まで、大まかな仕事は何とかできるようになった。
もし手に負えないことがあったらKの力を借りるいうことで、小五郎は自分の寺に戻った。

よし早速営業開始だ!
と意気込んだものの、いったい何をしたら良いのかさっぱりわからなかった。
何しろ“売る物”がないのである。

八日後、小五郎のストレスは沸点に達していた。

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